2015年4月27日月曜日

IFRS15 新収益認識基準のさらなる改訂、そして発効日延期?

こんにちは。イージフの野口です。


IASBの審議から最新の情報をお伝えしていますが、今回はすでに完了したプロジェクトから。思わぬ展開が起きています。収益認識の新基準はすでにプロジェクトは完了したのものとされていましたが、現在思わぬ方向へ動きを見せています。


IFRS15号「顧客との契約から生じる収益」は2014年に基準書が完成し、2017年1月からの強制適用が予定されています。現在は適用準備に向けてIASBとFASBが共同で創設した移行リソース・グループが活動し、新基準適用の問題点の点検、両審議会への報告を行っています。移行リソース・グループからの報告のうち、重要な問題についてはIASBとFASBが合同で審議をすることになります。移行リソース・グループからの報告の多くは、基準書の規定が不明確で実務上の適用が難しいというもので、基準書の内容そのものを変えるというより、内容を明確にする文言やガイダンスの追加が求められています。


最近のIASBとFASBの合同審議では収益認識が取り上げられてきていますが、このまだ適用されていない状態にある新しい基準書の扱いについてIASBとFASBではスタンスがだいぶ違っています。


IASBはよほどのことでない限り、基準書の改訂を行わない立場を取っています。なので、移行リソース・グループからの問題点についても重要ないくつかの点についてついてのみ、内容を明確にするために改訂を行います。そもそも現在検討している問題の多くは、基準書が発効して3年ほどしてから行う適用後レビューで検討すべき問題と捉えられており、より安定的な基準書の運用に配慮したいという姿勢がみられます。


それに対して、FASBはより多くの点について基準書を改訂する決定を行っています。不備があると考えられるのであれば、文言の変更やガイダンスの追加を積極的に行って基準書をより良くしていこうとする姿勢です。


最近の収益認識の審議ではそれぞれの審議会の決定があまりにも異なるので、新基準はコンバージェンスを諦めているかのようにさえ思えるかもしれません。しかし、実はそれでも両審議会は新基準を適用した結果(会計処理)は同じことを目指しており、IFRSでも米国基準でも同じである、コンバージェンスされていると考えられています。同じ言語で同じ会計処理を規定しようとしているのに、表現が違う、ガイダンスの内容が違う状態になっています。米国基準は米国基準独自のスタイルがあり、それを維持しつつ比較可能性を高めること(IFRSと全く同じ文言にならないけれど、コンバージェンスに配慮すること)が、米国基準を使用する利害関係者のためになる、というのがFASBの最近の考え方のようです。かつてはIFRSと米国基準が同一の文言になることを目指していたので、これは大きな方向転換だと思います。


この一連の動きによって、IFRS15号の発効日が延期される可能性が出てきています。FASBは単独で新収益認識基準の発効日を1年延期する提案を行うことを決定しました。まだ提案を行う段階で、所定の手続きを経て延期が決定されることになります。米国基準にそのような動きがあるとIFRSの発効日はどうなるのか。IFRS15号は米国基準ほど大きな変更を行わないので、もともとは強制適用を延期する要請がそれほど多くはなかったようですが、米国基準と時期がずれてしまうことについては再検討が必要になってくると思います。今後のIASBでの審議で取り上げられるかもしれません。


最近は、IASBとFASBとの関係性もまた変わってきたような印象を受けます。米国基準とのコンバージェンスは達成を目指さなくてはならないことは変わらないと思いますが、よりその難しさを感じさせる場面が多くなっています。


イージフ 野口


 


 


 


 



2015年4月6日月曜日

英語ができるようになりたいならば

イージフの野口です。今回はIFRSから少し離れて英語の習得についてお話ししようと思います。というのも、弊社の社長が非常に英語の習得に熱心で、その様子を自身のブログでも紹介していますが、私の英語の習得とはまた違っており、私の経験も参考になるのではと思ったからです。弊社社長からは「野口さんは英語ができるから、それは違う経験をしているに決まっている、苦労などないのだろう」くらいに思われているかもしれませんが。


英語ができるようになりたい、と思ったら、何をすべきか。私の経験から一番おすすめしたいのは、現実に英語で困った場面を具体的に特定し、その時にどう伝えるか、何を言われるか、ということをひとつひとつ押さえることです。英語で困った場面を多く経験し、苦労するのが一番です。英語ができるようになってから英語を使うのではありません。できるできないに関わらず、英語に飛び込んだ人が使えるようになるのです。


現在、私は海外生活が2年続いており、また、毎月のIASB会議の記事を連載しているので、嫌でも英語を使う生活をしています。その苦労が英語の習得にはプラスになっています。


私の場合は、会計という専門分野の英語が仕事の中心になり、会計の専門用語やIFRSや米国基準での独特の言い回しを知ることが重要でした。現在、毎月記事にしているIASBの会議についても、私が会議を見るようになった最初の頃は内容についていくだけでも大変でした。理事の方々はいろいろな国から選出されています。理事の方の発言を聞いていると英語のアクセントからどこの国の出身か言い当てられるくらい話し方が違います。しかし、会計についての表現は皆共通で、言葉の使い方もIFRSにおいて適切な表現を選んで話されています。その独特の言葉に慣れると資料や議論の理解は格段に早くなりました。


 

しかし、家庭で必要な子供の英語となるとまた話が違うのです。IASBの会議が分かるようになってきても、たとえば、BBCの子供番組は始めのうちは真剣に観ていないと内容が分かりませんでしたし、子供の学校からのメールを読むのも時間がかかりました。私は学校の先生との面談などよくありますし、毎日のように学校からいろいろなお知らせがきます。テレビは子供が観ているのに毎日付き合っています。だんだんと、学校からくる大量のメールもすぐに読みこなせるようになり、子供のテレビ番組は聞き流していても内容が分かるようになりました。

 

特にやっかいだったのはイギリス人の先生が使う独特な言い回し(子供を褒めているコメントだけれども、その裏には何が子供に足りないか、できていないかを言おうとしている)で最初は理解できませんでした。もしアメリカ人の先生ならもっと直接的な表現をしていたかもしれませんし、イギリス人の先生の言うことはアメリカ人の親にも理解が難しかったかもしれません。英語といってもいろいろな英語があることを身を以て知りました。

 

「英語ができる」というのはどういうことなのでしょうか。英語と日本語といった具合に2ヶ国語を習得した人をバイリンガル、といいます。一般にイメージされるバイリンガルは英語も日本語もと同等に操れ、ビジネスでの交渉も子供の絵本の読み聞かせもどちらも問題なくできるでしょう。しかし、そこまで到達できる人は本当に少ないですし、そうなる必要はないのです。言語教育で使われる本来のバイリンガルの意味は、どちらか得意不得意があり、ある特定の場において一方の言語の方が容易に操れるという人もバイリンガルというそうです。オールラウンドに英語ができなくても、英語で仕事をする、英語で日常生活が送れる、ということも可能ですし、ある特定の場で英語が使えれば、それはバイリンガルなのです。私は会計の英語、子供の学校の英語は分かるようになっても、日本の政治の説明をしようとしたらかなりしどろもどろで全然言いたいことが言えませんでした。それでも、この定義によれば、バイリンガルなのです。


 

IFRSの英語が分かるようになりたいのであれば、それに特化すべきですし、ビジネスでの交渉やプレゼンができるようになりたいのなら、また違う英語が必要になるでしょう。自分に必要な「場面」において英語が使えれば、それで十分ですし、次に別の分野に広げていくのは楽になってきます。日本の多くの人は受験などでかなり難しい英語を勉強していますが、実際に使う場にマッチしていないので、自分は英語ができない、と思い込んでしまうのではないかと思います。文法や基本的な単語はすでに学校で勉強してきたと思うので、実際の「場面」でどのように使われているかということを知ればそれほど難しいことではないことに気づくはずです。よくある「ビジネス英語」や「日常会話」というのは漠然としています。もっと特定の場面を想定すべきだと思います。例えば、自社の製品を説明する時によく使う言い回しのパターンや、業界の専門用語の意味を押さえるだけで、仕事でのコミュニケーションが成り立つようになっていきます。

 

それから、最後までコンプレックスとなるのが、発音だと思います。たとえ話す英語がたどたどしかったり、日本語のアクセントがあったりしても、内容がしっかりしていれば、相手は真剣に聞いてくれます。結局、何を話すか、ということが大切であり、日本語英語という言語の問題ではないということになる、というのが私の海外生活の感想です。

 

イージフ 野口由美子